戦後世界経済史   猪木武徳著

On 2010年10月15日, in 書評, 雑感, by admin

戦後世界経済史   猪木武徳著

 新書(中公新書)ではあるが、400ページのボリュームがある。昨今対外との問題を考察するために読んだ。新聞など日頃の情報を整理するうえで大変参考になる一冊だと思う。

著者は本書の目的を次のように語っている。内容的『本書の目的は、第2次世界大戦後から20世紀末までの世界経済の動きと変化を、データと経済学の論理を用いながら鳥瞰することにある….詳細な地図を用いて問題を解決しなければならないことはある。しかしそれと同時に、極めておおまかな地図を念頭においてから、問題とする場所の詳しい地図を見ることも必要であろう。そう考えて、思いきって「粗い地図」を書いて見ることにした』

 本書は私が知らないだけで、リベラルアーツに近い知識なのかも知れない。しかし本書副題にあるように『自由と平等の視点から』とした著者の考えの端緒を知ることができるのである。著者は資本主義の精神の問題にも踏み込み次のように述べている。『モラルそのものを説くのではなく、人間の欲望を肯定しつつ、それをいかにコントロールし良い方向へ向かわしめるか、その制度や社会的仕組みをどう作り上げればいいのかという視点から問題を把握すべきだ、との認識に立っている』

果たして『良い方向』とはなんなのか。浅学な私には知る由もない。また本書からも解を得ることはできなかった。しかしこの20年間の歩みが正しかったとは思えないのである。補正予算とは『予備費でも対応できないような状態に行う追加予算や追加以外の修整』(知恵蔵)が補正予算である。予見し難い20年であったろうか。そんなことがあろうはずはない。仔細を調べたわけではないが、この間の補正で、予定されているすべての新幹線、高速の建設が可能だったそうである。赤字国債が問われているが日本は他国と違い著しく軍事費が少ない。こうしたことを十分に踏まえ政治のありかたを見据える必要があると考える。果たして金利が3%も上昇したら国債の利払いは可能なのだろうか。スタグフレーションが無いとは言えないと思うのだが。勢いに乗って書かせて頂けば2010年参議院選挙で1.7%や3.8%の政党投票率の政策を容易に受入れるのは如何なものであろうか。1.7%の政党は9人の候補者全員が落選しているのである。連立内閣における当事者能力とは如何なるものなのか。

本書書評から脱線をしたが、他国が経済成長を成し得るために如何なる障害を超えているかを本書から知ることができる。“政治への依頼心からの脱皮”と“国民に迎合しない政治”が必要なのではないか。ギリシャや今起きているフランスのストライキのような現象が国内でいつ起きても不思議ではない。民事再生法のJAL、財政再建団体となった夕張のようなケースがいつ発生しても不思議ではない。そうなる以前に俯瞰して考察を重ね自らが何をすべきかを常に考えなければならない時代だと思うのである。

本書を通じて数多くのことを知ることができた。心から著者に感謝したい。

 

組織論 桑田耕太郎 田尾雅夫『著』

 本書拝読は2回目。400ページに満たない『組織論の教科書』と言ってよい。教科書だけに、あと数回は読込む必要があると感じている。とにかく範囲が広い。社会心理学の下位概念にあることから当然なのではあるが。著者としても教科書としてコンパクトに纏める難しさを活字から感じ取ることができる。
 
 そもそも本書は論文の“基礎知識”として手にした。当時はざっと目を通したに過ぎなないこと、一日に数冊手にしていたことなどから、線は引かれているが今一つ記憶にない。組織論はライフワーク的に研究な継続との思いから再度拝読することとしたのである。今度はカードを作りながらの勉強とした。結局、相当な時間を要したが自らの知が加算されたと思い納得する他ない。勉強にワープは無い。カードの枚数、本の数だけが自信へと繋がると信じたい。

具体的に内容を紹介したいところだが、私に知ではとてもではないがこうした場で論じることはできない。もう参考文献を読込んだうえで別の機会に紹介したいと思う。そこで本書の目的などを簡単に紹介したいと思う。
主たる対象は大学院修士課程においてはじめて専門的に組織論を研究する者を対象としている。また企業組織において組織改革に関わる実務者が組織メカニズムを知ることを主たる目的としている。要はこの400ページに組織論全般のさわりが述べてあるということだ。たしかに各節は深く追求していない。しかし知っていることは早く進むが、良く理解できていないことは中々進まない。何度も行きつ戻りつ読み返すことになる。

こうして時間をかけて読込んだのだが、20割も自分のものになっていないだろう。要再読の一冊がまた増えたのである。再読する書は当然のことながら価値が高い。

 

山行日誌  硫黄岳・天狗岳Ⅱ

On 2010年10月13日, in life Style, by admin

2日目

 前日の天気予報では、午後から崩れる可能性があった。小屋の話では八ヶ岳はすでに氷が張っていることから、雪の可能性も否めないとのこと。崩れないうちに目指す『天狗岳』や稜線を超えたほうが良いと判断し6時に出立した。山の朝は気持ちが良い。朝露と緑と土が空気を換えてくれる。自然が心を穏やかにしてくれるのである。

めざす天狗岳まで2時間半を予定している。標高差は約500メールである。山の空気を意識して味わいながら、ゆっくりと登り始めた。本沢温泉が2150mあり、紅葉はしていないが秋模様であった。標高は100mで0.6度下がると言われている。天狗岳2640mへ歩みを進める木々が色づいていることがうっすらと感じさせる。高度が季節を感じさせるそんな思いだった。

楽しみながら前へ進むと、木々が低木となってくる。岩場を超えると天狗岳山頂である。息を切らせ両手を使い山頂へ辿り着いた。心配した天候は崩れる気配もなく、蓼科山をはじめ眺めは最高だった。こうしたときに最近必ず思うことが一眼レフの購入である。もっと登れるようになってからとは思ってはいるのだが。天気は良いが風は強く、冷たい。遮るものが無いから当然ともいえる。しばらく稜線が続くことからウインドブレーカーを着込み一路稲子湯へ向かった。

途中のみどり池で昨日から顔を合わすひとと会話をした。山は見知らぬ人とも機会があれば挨拶以上に会話をすることがある。こうしたふれ合いもまた楽しいものだ。
みどり池からから稲子湯まではこの3月末も歩んでいる。雪の下にトロッコのレールがあったことは知る由もない。この半年自分は成長しただろうか、進化できだかと内省しながら歩み続けた。ゆるやかになった下りは考え事をするのに適している。進化を革新することはできなかったが、こうしたときを持てたことに感謝をした。自らの関係性があこうした時を作ってくれる。自分が人に何をできるかをもっと考えなければならない。こうした思いでこの山行を終えた。

 

山行日誌  硫黄岳・天狗岳

On 2010年10月12日, in life Style, by admin

10月2日~3日に単独で硫黄岳、天狗岳を山行した。長野県茅野市にある北八ヶ岳連峰に位置する。泊りの単独山行は初めてであり多少の緊張があったことは否めない。八王子から『あずさ』で茅野駅まで約90分。茅野から30分タクシーに乗ると登山口である。短時間で登山口に到着することは喜びである。日頃の通勤苦を喜びに転換させてくれる時でもある。
単独であることから今回はあまり長時間とならないコースを選定した。最近コースタイムをオーバすることが続いたことから守ることが目的の一つにある。

1日目
桜平   ~   夏沢鉱泉    0:20
夏沢鉱泉 ~   オーレン    0:45
オーレン ~   赤岩の頭    1:20
赤岩の頭 ~   硫黄岳     0:20
硫黄岳  ~   夏沢峠     1:10
夏沢鉱泉 ~   本沢温泉    0:40     累計 4:35

2日目
本沢温泉 ~   白砂分岐    2:10
白砂分岐 ~   東天狗     0:40
東天狗  ~   中山峠     1:00
中山峠  ~   みどり池分岐  1:10
みどり池分岐 ~ こまどり沢   0:20
こまどり沢~   屏風橋     0:40
屏風橋  ~   稲子湯     0:30     累計  6:30
 
 
                      

 オーレン小屋へ向かう途中、小屋方が同行しながら山行する御夫婦にであった。年に数回登られ、最近では体力が着いてきたとのことである。人間の力の凄さを感じていた。2日目のし『しらそび小屋』でもお会いしたのだが、御主人はなんと90歳近いとのことである。“登りたい”という思いが行動を可能にする。それだけなのだろう。思いがあるから努力を積重ねられる。やはり“思考は現実化”するのだ。

 オーレン小屋から急な登りが始まる。息を切らせながら赤岩の頭へと足をすすめる。大まかにはガイドブックや地図で情報を掴むことができる。こんな急登があと30分なのか1時間なのかを知るにはコースタイムと速度の一致必要である。自分を頑張らせるためにもコースタイムを守れることは大切なのだ。初日は終日コースタイムを守ることができた。
 桜平から約2時間半、オーレン小屋1時間半の登りを終えると稜線にでる。時折吹きつける風が冷たい。稜線はダイナミックであり、自然の凄さを強烈に感じさせるのである。

稜線を約20分進むと硫黄岳山頂へ到着する。硫黄岳山頂は更に稜線を超えた地形の凄さを見せつけた。反対側から登って来たらしい女性が火口を見て『ティラミス見たい』と友人に話しているのが聞こえた。メタファーは実に面白い。ティラミスの断面との類推などまったく想像していなかった。

自分ならとどのように表現するかと思索を重ねるがどうしても『ティラミス』が頭から離れずどうにも浮かんでこない。

 山頂ではスープを温め昼食とした。テントとともにストーブも購入したのだが、肌寒い稜線で頂く温かい食事は格別である。次回はリゾットを用意しようかと思う。これがリュックを重くする要因でもあるのだか。昼食を済ませ一路本日の宿『本沢温泉』へ向かった。山頂から概ね2時間で到着した。本沢温泉は『日本一高いところにある露天風呂』として山好きには知られている。露天風呂が混みあっているようなので、とりあえず内湯にした。疲れを癒すにはゆっくりと入れて良いのだが、加熱がされておらず幾分ぬるい。どうやら露天風呂はやめたほうが良いようである。
 ゆっくりと温泉に入った後は食事をとり8時前には消灯した。

 

丸山眞男人生の対話  中野 雄

On 2010年10月8日, in 書評, 雑感, by admin

丸山眞男人生の対話  中野 雄

政治思想学者、丸山眞男の思索を論じている著書は多い。難解なものが多いがいつの日かしっかりと理解できるようになりたいと思っている。本書は弟子である筆者が、丸山との対話を日記に残したものが纏められたものである。本書を通じてだったか、亡くなられた筑紫徹也氏も丸山眞男との対話から数多くの知を得ているらしい。ひとつの社会関係性の成立といえる。さまざまな人に影響力を持った丸山であるが、著者は丸山について次にように述べている。

「丸山眞男という人の発言には、仮にそれが時事問題に対してであっても、常に人間と社会の“本質論”が立論の背景としてあるんです。だから時間が経って読み直してみても、内容が古臭くならず新鮮さを失わない。そんな恩師の思想や言説を、弟子たちが語り継いでいる」

宗教の世界などでも弟子が語り継ぐように…と述べているがまさに的を射ているのだろう。現代のように加速的に流動する社会でも普遍化可能な考えは、まさに型と言ってよい。極めて抽象的に、メタ化して思索できることがこれを可能にするのである。

著者は丸山眞男の抽象化について次のように述べている。
「事柄を抽象的原理に置換えたら、その原理に適合した他の事例を、脳内に蓄積された知識・経験の中から探せばいい。見つかったら、直ちに話題として提示する。それが【譬え話なのだ】と私は思う。だが頭の中に森羅万象、古今東西の知識が存在しなかったら、譬え話などできない。そして、本来別物である二つ、三つ、ときには四つ、五つ歴史的事件や現実の事柄を、抽象化されたセンサーで瞬時に接続して新しい物語に作り上げる頭脳回転の速さがなかったら、対話の相手を前に当意即妙の譬え話など、できる筈がない。丸山はその二つの武器を縦横無尽に駆使できる、稀な知的巨人であった」

これはもの凄いことである。豊富な知を瞬時に結びつけ表現することがどれだけ難しいことか計り知れない。表現を前提とした研究活動であったことは、文中からも伺うことができる。物事の抽象化は自らの課題である。今後は抽象化し“なぜ抽象化が可能であるか”を表現することも併せて自らの課して行きたい。

丸山が対話好きであったことは有名である。しかしどれほどの教示を受けられるのであろうかと思える。ライブは、文献の知に多様な加筆をしてくれるのである。知識リーダーシップ綜合研究所・徳岡教授が著者を交えた読書会を開催している。この会で先日一橋大学名誉教授である野中郁次郎先生の講演を拝聴した。やはり書を執筆するにあったての考えや視点など勉強になる。こうした経験を踏まえても、丸山の社会関係性が生み出した“人財”が如何に素晴らしさに触れることができる。
人が成長するには対話が必要であることは間違いない。まず自らが対話を可能とする人材に成長しなければならない。折をみて本書をもう少しレビューしたい。

 

星野リゾートの教科書   中沢康彦著 日経トップリーダー編

星野社長がリゾートホテルの再生や運営手腕が素晴らしいことは目にする機会が多い。こうしたことを可能にするには「組織構築力」と「運営力」に着きる。資本との関係性を問う人もいるが、実績と手腕があるから資本が付いてくるのである。コンセプトメイクからはじまり、技術力の創出、サービス、すべてが経営者を含めた人に着きるのだ。

経営者やリーダーとフォロワーの関係で悩む経営者は多い。バーナードの組織均衡論の言葉を借りれば、“組織に帰属することで動機付け、それにより貢献意欲が向上し、待遇によって留まるように誘因するということである。こうし関係性はコミュニケーション・共通目的・協同の三点が強調される。強調される3点は対話が必要である。

 経営者は、共通目的や協同の達成手法においてロジックにブレがあってはならない。対話においては“共通の言葉”や“共通の知識が求められる。これは組織の型とも言える。このような枠組、型が形成されることによって、組織文化が構築されると私は考察する。本書は枠組や型を形成する方法を教示してくれる。少し本書を抜粋してみたい。

「企業経営は、経営者個人の資質に基づく「アート」の部分と、論理に基づく「サイエンス」の部分がある。私は経営職に就いた当初から自分にアーティステックな経営判断を行う資質があるとは思っていない。どんな時にも自分の直感を信じることができず、それはあまりにもリスクが大きいと感じてしまう。私は自分の経営手法の中でサイエンスを取り入れる必要性を感じ、教科書を根拠とする経営を始めた」

マイクロビジネスは、俗人的な経営者の感覚に頼るところが多い。3年50%が倒産する理由の一端に、著者の言葉を借りれば「サイエンス」の不足があることは否めないのである。たとえば事業機会と組織成長の関係性があまりにもアンバランスであったことが倒産の理由となっていることはさまざまなところで目にする。しかしこれについてもスタンダートな組織論の教科書の範囲なのである。またアートには時間軸も必要である。自らがアートであると思っても単なる時代遅れであることは珍しくない。

本書でいう“教科書”を従業員と共に読むことは、形式知の共有へと繋がる。形式知の共有は対話を可能とするのである。さらに活字の解釈を知ることができれば、文脈をも知ることが可能となるのである。経営の現場に置換すると、従業員に読ませることが難しい。私自身の経験では未だ成功の実績は無い。一冊を読ませることは難しくとも、数ページでも知を共有することが重要であると思われる。

本書には約30冊の教科書が紹介されている。以前からのブログで概ね紹介しているものの、習得はできてない。やはり教科書であるだけに何度も繰り返し読み自らの力にしなければと痛感する。サスティナブルに経営するには、地に足がついた行動が重要である感じさせる本書である。

 

思考の整理学  外山 滋比古

On 2010年10月6日, in 書評, by admin

思考の整理学  外山 滋比古

丸善本店で長い間平積みされている本書である。1986年初版、手元の書籍は66版を数えている。24年に渡って読み継がれている名書と言って良い。

物事の考え方や知的創造を、如何に行うかの心構え的が連綿と綴られている。「知識不足がコスト増」であることは間違いない。しかし知的な創造ができなければ、知識のパワーは半減する。この点について著者は次のように述べている。

「第一情報を踏まえて、より高度の抽象を行っている。メタ情報である。さらにこれをもとにして抽象化をすすめれば、第三次情報ができる。“メタ・メタ”情報というわけである。このようにして、人為としての情報は高次の抽象化へ昇華して行く。思考、知識についても、このメタ化の過程が認められる。もっとも具体的、即物的な思考、知識は第一次的である。その同種を集め、整理し、相互に関連づけると、第二次的な思考、知識が生まれる。これをさらに同種のものの間で昇華させると第三次的情報ができるようになる」

経営者が社員に対して強く感じることではないだろうか。ある出来事を他の情報と併せてシェイクして思考する。時間軸を変えて考察する。思考を重ねることで創発が生まれるのである。
自己に問題識を移し変えれば、“思考の癖”または“思考の慣性”が問われる。慣性は積み重なり身に付いたものである。“AはA`に変異が可能である”とまでは考えてもVをプラスすることでKに変革するなどとは考えなくなっている。柔軟性の欠如・ステレオタイプの思考回路とも言える。この点に気付けば慣性を改めれば良いのだか、慣性であるだけになかなか治すことは難しい。今行っている治療法ひとつの問題解決には必ず5つの解決方法を出すことにしている。違った角度からのアイデアが生まれるときがある。アイデアマラソンなどこうした問題解決には良いのかも知れない。

本書では論文執筆の問題意識やテーマの絞り方について数多くのページを割いている。科学者の間では“行きがけの駄賃のような発見や発明をセレンディピティと言うらしい。言葉の由来はここでは割愛し筆者の思いを引用して見たい。「考えごとをしていて、テーマができても、いちずに考えをつめるのは賢明ではない。しばらく寝させ、あたためる必要がある、とのべた。これも対象を正視しつづけることが思考の自由な働きをさまたげることを心得た人たちの思い付いた知恵であったに違いない」
これをビジネスの文脈に落とすと長期的視点と問題意識となるのではないだろうか。目先でなく先を見据えて考察を重ねる。時間をおいて再度考察する。この繰り返しだと思う。スピードが重要であることは言うまでもない。概ねにことは他者でもできることであり、大きな違いはないことが多い。以前HBLで論じられていたがビジネスモデルと称して言われることも概ねは二番煎じであり何かの変革であると。イノベーションでなく多少の変革に過ぎないのである。昨今良く思うが“揺ぎ無い価値”を長期間熟成させ構築することがサスティナブルな発展のKFSではないかと思うのである。セレンディピティはビジネスでも不可能ではないと考えている。

 

戦後政治の崩壊  山口二郎(2)

On 2010年10月5日, in 書評, 雑感, by admin

戦後政治の崩壊  山口二郎

1990年頃のバブル崩壊を堺として、政治経済は混沌とした状態が続いている。当時『経高政低』と、言われていた。日本の戦後政治は、疑獄事件は途切れることが無かった。しかし政権が交代しなかったのは、経済が成長をしていたことによるのだろう。以前オリックスの宮内会長と中谷巌教授の対談を拝聴したことがある。宮内会長は経済低迷の理由を『戦後の未処理』が要因と述べた。昨今の中国や韓国またアメリカとの問題は、すべてここにあるのではないかと私は思っている。
本書の戦後処理についての論調を少し長いが引用する「戦争責任を若い世代としてどう考えるかというときに、われわれが好むと好まざるに関わらず、われわれは日本人という集合に帰属するものと国際社会においてみなされる。そして、日本人という集合の連続性からわれわれは自由ではありえない。やはり日本人としての責任という形で論理を構成せざるを得ない。個人主義的に考えれば戦争責任ついて『あれは六〇~七〇年前の世代がなした悪行なのであって自分は関係ない』という主張は論理的には可能かもしれない。しかし、この議論は日本の外に対して説得力を持たない。個人のレベルで親からなにがしかの財産を相続するのと同じように、われわれは国民という集合として前の世代から正負両面の財産を相続・継承していることは事実である。…そのような戦後の日本の繁栄は、一面で近隣諸国に対する戦争責任を果たすことを怠ってきたことによってもたらされた。かつて侵略し植民地として支配した地域の人々に対して、戦争が引き起こした被害についての償いを怠り、もっぱら国内の問題ばかりに関わることで日本は戦後繁栄してきた」と述べている。

こうした論調に対し『十分に償った』という反論はある。しかし償えているか否かは、相手側の問題でもある。日本が一方的に悪いのではないという議論もあろうかと思う。問題は“相互が承認できる事実確認や問題解決がなされていない”と言うことではないか。その時点での相互の政治情勢があり致し方なく承諾した。また新たな事実が発覚したから再考を促すということもあろう。
こうたことについて私は、相互国家に第三国を加えた学者が議論を重ね見解を示すべきであろうと思う。一部の国家とは近年行っているが、政治的配慮をせず長期的に行う必要があると考えている。こうしたことを繰り返し、戦後処理を行う必要があると思う。そのうえで政治的配慮を加え結論を出す必要があると考える。筆者は「…前の世代の財産と負債を両方相続しなければならない。時刻の歴史的責任を引き受ける『民族道徳』(中野重治)を確立することが必要になる」と述べている。ここには「君が代」や「国の愛し方」「伝統の尊重」なども含んでいる。こうしたことを含め戦後処理なのである。

戦後政治の崩壊―デモクラシーはどこへゆくかーと題した本書は、7章211ページに渡り論説が進む。憲法、政党再編、政治主導の挑戦など興味深く読むことができる。筆者が望んだ2大政党制を構築するには「国会文化」を変える必要があるのではないか。文化を変えるには強いリーダーが必要である。そのリーダーに戦後処理を託したいと考える。政治は誰でも語る。私自身も雑読の域を脱しない。しかし自分なりの国家感を今後も深めたいと考える。

 

戦後政治の崩壊  山口二郎

On 2010年10月4日, in 書評, 雑感, by admin

戦後政治の崩壊  山口二郎

ブログ再開にあたりこの書籍を取上げた理由は次の理由による。この1~2年政治にあきらめを感じていた。しかし次に取り上げる、外交、防衛、予算について自らの考え方を持つことは、大人としての義務であると考えた。
最近の世相を騒がしているのは次の3点である。まずプラザ合意から25年を経過したにも関わらず為替を短期的処置ですまそうとすること。次に20年に渡って補正予算を組んでいるにも関わらず内需が安定化しないこと。第3番目に尖閣諸島の問題である。こうしたことは、短期的視点でなく戦後政治全般を検証する必要がある。

本書筆者は2大政党制を望んだ学者(北海道大学教授)である。また2大政党は望むが民主党の応援団ではないとも公言している。私は2大政党制が良いかということについていささか疑問を持っている。その理由は、ざっくりとした数値を捉えればGDP500兆に対し国家予算が200兆(特別会計重複を除く)であることによる。政治と生活が深く関与しており、再分配率が高い政党に関心が向きやすいからである。これを2つの政党で争えば債務がスパイラル的に増加するように感じている。裏を返せば予算が政治家の身分保障、失業対策とはならないのかということである。結論を先取りすれば未成熟な連立政権では先に述べた問題は解決できないのではないかと考える。

自民党の参議院過半数割れは1989年に始まる。日経平均最高値を付けた年である。衆参単独で過半数が取れない事が、政治の不安定だとすればこの20年間ずっと不安定ということになる。筆者はこの時を『不透明な連立政権の始まり』としている。この関係を過半数が欲しい自民党と政権に関与したい公明党の関係とも述べている。こうした政治環境が20年続き、昨年度衆議院選挙にて民主党が過半数を取り大きな政党が2つできあがった。

日本はベンチマーキングのひとつにイギリス、アメリカがあげられる。筆者は「イギリスにおいては、労働党と保守党は労働者と資本家・地主という階級対立を反映してきた。アメリカにおいては、階級以外の人種、宗教といったアイデンティティの重要性が大きく政党が階級をもとにすっきりとまとまっているわけではない。労働組合、黒人などのマイノリティは民主党を支持し、宗教色の濃い白人や裕福層は共和党を支持するという形で指示基本の色分けは明確に存在する」
こうしたことを踏まえて日本の対立軸は何であろうか。明らかに対立していないと思われる。国内でも55年体制は対立軸が明らかであった。立法に対しては寡占化した自民党に対し、憲法を変えさせないため旧社会党は3分の1を死守した。果たして我々は何を軸に政治を選択、信託しているのか。予算配分と仕事や生活が深い関係性を示せば将来を見据えた政権選択は困難であろうと思われる。対立軸の無さは主張ができないというとも言える。まず選挙民が外交、防衛、予算について自らの考えを明らかにし、政党の考え方を引き出すことがスタートラインなのではないかと考える。

次回に本書忠実に書評を述べたいと思う。

 

【鹿島槍断念】

山渓8月号に、星空の写真が掲載されておりとても印象深かった。発売の直後星空を期待し、甲武士岳山行を試みた。残念ながらテント場は木立の中で見ることができなかった。今回こそ期待を寄せ10時を少し回った頃、煙草を吸いがてらテントの外へ出た。残念ながら満点とはいかなかったが、汚れのない澄み切った空気は心が洗われるようだった。月の光はとても明るくやさしく包み込む。やはり来て良かったと心から思えるひとときである。

時には起きることから、早々にテントに戻りひと眠りした。次に目を覚ましたのは雨の音である。布2枚を通じて吹きつけてくる風と雨の音は身構えざるお得ない。うとうとしながら朝を迎えるが一向に止む気配はない。今回の山行はもともと私の技量では厳しいことが予測されている。

冷池山荘→布引岳  1:20
布引岳→鹿島槍ヶ岳(南峰) 0:50
鹿島槍ヶ岳(南峰)→(北峰)→(南峰) 1:00
鹿島槍ヶ岳(南峰)→布引岳  0:45
布引岳→冷池山荘 0:50
(テントをたたんで下山)
冷池山荘→赤岩尾根分岐  0:15
赤岩尾根分岐→高千穂平 1:30
高千穂平→西俣出合 2:00
西俣出合→大谷原 PM2:30着

休憩を含まず9時間に近い山行に雨の負担が危険を伴うのは明らかだった。また高千穂平は、急斜面なガラ場らしい。下山にはリスクを伴う。結果として鹿島槍ヶ岳は断念せざるお得なかった。残念な反面ほっとしている自分がそこにいたことは淋しい限りである。
7時頃から昨日の経路を下山し始めた。まず爺ヶ岳(南峰)へ向かう。雨の中ということに限らずなんとなく体が重い。気にすると良くないのでとにかくひたすら歩くことに集中する。山頂についたころは霧雨となり徐々に気にならない程度になってきた。

種池山荘で軽く行動食を取り柏原新道を下山する。しばらくすると右足親指に違和感を覚える。靴がどうも合ってない。結果として我慢しながら下山する。途中の石畳は足元が不安定でそうとうゆっくりのペースとなってしまった。後ろから抜かれ後塵を拝すこととなる。かなり予定オーバーの下山となった。トレーニングと山行を重ねる他解決方法は無いように思う。気が焦るばかりである。

無事に事なきを得たので言えることだが、土と緑と雨は山全体の匂いに変化を持たせまた気分が良い。温泉で疲れを癒し帰路へついた。
帰りのあずさで読みかけの文庫を一気に読んだ。こうして運動をしながら思考することの大切さについて述べている。さすがに山行中にあまり思考することはできないが、披露ですっきりしているこんな状態も良いのではという思いに至った。

 次回は八ヶ岳単独山行を予定している。