Voice 2012年5月号   原発再稼働について

Voice (ボイス) 2012年 05月号 [雑誌]

【再稼働しても原発は必ず止まる】このように題された田坂先生のインタビュー記事。

この2~3日、大飯原発再稼働の流れになりつつある。国の行く末を問われる問題を、このまま決めさせてはならないと思う。野田総理は【私の責任で..】という発言があったが【Trust Me】と発し米国との関係を悪化させた。自民党では郵政改革の総務大臣が“本心は..”という発言があったりもした。度々重なれば“言葉”で信頼を得ることなど叶うはずはない。

再稼働の是非を考えるうえでは本誌は大変参考になる。論点を3つにまとめてみた。1つは情報公開を含めた【再稼働の原則】である。次に福島でリアルになった【高レベル廃棄物】処理の問題。最後に【テロ】にどう対処するかということだ。

震災直後から日本財団を始めセミナーや勉強会で原発問題を学んできた。いまだ続く福島の処理や東電のありかたが中心だった。再稼働はどこかでせざる得ない問題であり、天災に対する安全の担保を軸に考えていた。しかし本稿を始めとした論を元に考えると、夏の電力不足で考えて良い問題ではないことは朗らかだ。

今回は最初に取り上げた3つのうちの1つ【原則】ということについて考えてみる。

【この夏の電力不足が起こることへの危機感から、原発の再稼働を急ぎたいと考える政府の気持ちもわかります。しかし、こうした場面で最も大切なことは【原則】を踏み外さないことです。それを踏み外すと、国民からの【信頼】を失い、今後の原子力行政に極めて大きな【逆風】をつくってしまうからです。本来再稼働とは【事故原因の徹底究明】【事故責任の明確化】【原子力行政の抜本改革】という3つのことを行ったあとに、あらためて論じられるべきものです】

そのうえで【大飯原発(福井県)などの再稼働は、端的にいえば、福島原発が起こった三月十一日以前の法律で、三月十一日以前の手続きとルールで再稼働をしようとしているわけであり、この進め方では多くの国民の理解と納得は得られないでしょう】と延べられている。

事故調査の最終報告はもう少し時間がかかりそうだ。しかし安全性がどれだけ確認をされたとしても、将来への負債を残すことに変わりはない。首長は暫定的稼働と言葉を変えてきた。反対発言から暫定賛成まで何ら状況は変わっていない。状況が変わっていないのに政治的判断をする意図がわからない。言葉を変えれば深く考えずに発言をしたということになるのではないか。これでは“最低でも県外”と言った民主党と変わりはないと思う。

政治的判断とは何を指すのか。平成になって19人も首相が代わっているのだから、辞すことは責任を取ることになるとは思えない。財界や支持団体から再稼働の圧力があるのか。しかし政治判断に影響を及ぼしてはならない。オフィスや工場は可能な限り節電をする。家庭は東京の事例を研究し発展させ昨年より効率を高める。そうして限界に挑戦することで経済への影響を緩和できないのか。

化石燃料での代替えは温暖化を加速する。いま我々は歴史的なひとときを生きているのではないだろうか。利便性を追求し続けた20世紀。その結果、数多くの自然を失った。八百万の神に囲まれた日本的価値観は非日常となった。どうふれるにしてもいちど立ち止り考え尽くすべきではないのだろうか。哲学、文化が問われているときなのではないか。

空気を読むような判断では、悔やんでも取り返しがつかない。

 

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