修羅場の経営責任―今、明かされる「山一・長銀破綻」の真実 (文春新書)

いまオリンパスの問題で市場は揺れている。報道によると問題の発端は“飛ばし”だという。もうずいぶんまえに整理がついた話だと思っていたらそうでは無いらしい。歴代経営者や監査法人の責任も問われそうだ。果たして氷山の一角なのだろうか興味はつきない。
本書は1997年に「社員は悪くはありません」と号泣し謝罪した山一證券調査委員会の弁護士であった著者が当時を綴った一冊である。本書を分析するとおもしろい結果が得られると思う。企業体質を顕にしており“組織の失敗学”の研究資料にもなりそうだ。

オリンパスと対比しながら考察をすすめると ① 責任を取らない ② 問題を先延ばしする ③ 密閉 この3点に絞られる。本書では隠蔽が可能だったことについて次のように述べている。

「簿外債務は91年末に生まれたが、その後、破綻直前の97年夏まで隠蔽されていた。この間、簿外債務を知る経営陣の中に、身をもってこの問題に立ち向かおうとする者はいなかった。かれらは株価の劇的上昇という「神風」を持ち先送りを続けた。しかし神風は吹かない。簿外債務は山一に対する重圧の度合いをますます大きくしていった。このままでは取り返しのつかないことになる。危機意識をもった一部の幹部による簿外債務の開示、処理に向け立ち上がろうとする動きもあった。しかし、このような動きはその都度つぶされた。山一は生き残るチャンスを逃し続けた」

 オリンパスもおそらく同様だろう。買収などが役員会にかけられないはずはない。役員が空気を壊せず発言できなかったのではないか。イギリス人社長の退任に端を発して表面化しているが数字は有価証券報告書で読み取れなかったのだろうか。いくら言葉巧みにしても表面化している数値から感じとることはできただろう。また表面化や推測ができない報告書であるのなら何の価値もないだろう。

本書では廃業が決定された後も自らの立場を守ろうとする役員が目立つ。潔くないと言えばそれまでだが、どこにでもあるような話にも思える。自らを守るために相手を攻撃することを常套手段としている人もいる。“自己奉仕バイアス”は環境せいにすることもある。良くある“不景気”だからはその典型だろう。しかし経営にその理由は通じない。失敗から学びそれを生かす。生存者の鉄則ではないだろうか。

いまだ失敗を続ける私であるが、こうしたことからも学ぶ姿勢を失念せず自らの糧にしたいと思う。
この手の文献はあまりない。一読されることをお勧めしたい。

 

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