国会議員の仕事―職業としての政治 (中公新書)

自由民主党に属する林芳正議員と民主党に属する津村啓介議員が議員になるまでから国会での活動を綴った一冊。林議員は家業が政治であり、どちらかといえば良くあるケースのように感じる。津村議員は家業ではないが公募、当選という流れであり党内で別段めずらしいものではないのだろう。

両議員の履歴、活動の比較は本書に譲るとして全般を通じて感じたことを述べていきたい。サラリーマンを経験し林議員は家業の特殊性、津村議員は日銀問題などを端緒に立候補、当選となる。両氏ともに痛切に感じたのは「重みの欠如」である。日々の雑務や折衝の難しさなど理解できることは多い。しかし“臥薪嘗胆”必ず成就させるという思いと遠いなというのが実感だ。このブログでもさまざまな代議士や経営者の著書を紹介してきた。成就がした人物が言葉の上手いかと言えばそうではない。ただただ熱意が伝わってくるのである。これは“時代の違い”なのかも知れない。戦前、戦中、戦後の混沌とした時代を生き抜いた人物とそうでない者の違い。それが一冊で纏まったとき違いを感じるのである。

林議員の一節に民主党議員が良く口にフレーズがある。
「国会は“議会制民主主義”の象徴であり権威の府ではあるが、権力の府ではないのだ。真の立法者は別にいた。官僚だ。形式と実態がかけ離れていた。「脱官僚依存」に挑戦することになる。…」

挑戦するのは勝手だが失敗した時のリスクは誰が取るのか。国会議員でも国政の経験がなければ果たしてそれ以上の仕事ができるのか。一気呵成な行動はあまりにもリスクが高い。結果として今に至っているというのが実感である。ようするに理念がないのだと思う。脱官僚は国創りの手段に過ぎない。国民の側から言えば住みやすい国であれば、だれがやっても良いのではないか。次の選挙よりこれからの国について考えて頂きたいものである

 

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