本書副題は【貨幣を超えた新たな経済の誕生】とある。当然のことながら貨幣経済が無くなるわけではない。一言で言えば“尺度の多様化”である。プータンの幸福度も一つの考え方である。著者はよりロジカルに多様化について論じる。著者の本の特徴は単なる“行間を読む”ということを超える。背景、コンテクスト、周辺知識を併せて考察しなければならない。考えるに2度目はまた違ったコトが見えるように思う。
“21世紀の経済は弁証法で予見できる”と著者は述べている。弁証法とは色々な定義があるがごく簡単に言うと次のようになる。
弁証法とは、いろいろな解釈がありますが、基本的には議論においての解釈に使われていると考えます。【一つの定義、意見,,,,テーゼ】に対して反対の意見【反対定義…アンチテーゼ】がある。相互の意見、対話から新たな見識(高次元)が生まれる。【1つの結論…シンテーゼ】。この時うまれた高次元の見識に達するシンテーゼを【アウフヘーベン】という。
要するに、議論を行って、より高い次元の結論を出す方法論である。
アダムスミスからのパラダイム転換
“弁証法により見えない経済を見る”または“弁証法ならば見える”ということが本書の背景にある。またこうしことを重視しなければならないと論じている。ここで著者の貨幣経済についての考え方を紹介したい。
「アダスミスが語った“神の見えざる手”という言葉。それは市場において、自由競争に任せていれば、自然に神の見えざる手によって、市場に均衡と秩序が生まれるという思想である。しかし市場という複雑系のおいては、そうした自己組織化と創発が起こる可能性がある半面、条件によっては市場システム全体が崩壊してしまう可能性がある。そのことを複雑係が教えているのである。すなわち神の見えざる手は、市場を必ずしも均衡と秩序に導くだけではない。それは、ときに市場をカダストロフィー(破局)に導き、経済システムを崩壊させる可能性があることを教えている。」と述べている。複雑系経済とは“生命的な性質を強めた経済システム”のことに他ならない。
我々は生態系の変化するような経済環境におかれているとも言えるのだ。バタフライ効果を例題に本書では論じていく。見えない環境下で重要視されるのが“共感”のパラダイムである。
少し紙幅が足りないようだ。次回続編を書きたいと思う。